海外「日本人街を復活させよう!」 カナダの日本人街の現状に悲痛の声が殺到

今回は、今はなきカナダの日本人街に関する記事からです。

かつて、カナダ・バンクーバーのパウエル街には、
最盛期で8000人以上の日系人が暮らしており、
リトル東京、あるいはリトル横浜と呼ばれていました。

日本人のカナダへの移民が本格化したのは1880年代のことで、
多くの方は安い労働力として、危険な肉体労働に従事していました。
それでも日本人の勤勉さは重宝され、仕事が多く舞い込むようになった結果、
人が集まるようになり、コミュニティーは拡大していきます。

しかし、第二次世界大戦が始まると日系人は財産を没収され、
荒れ果てた土地に追放されることになり、日本人街は衰退。
戦後になって街に戻る日系人の方もいましたが、
一度衰えたコミュニティーは復活することなく、
現在ではその名残がわずかにうかがえるだけになっています。

翻訳元の1つであるバンクーバーの地元紙が投稿した記事では、
1890年から1942年までに撮影された日本人街と、
最近になって撮影された街の比較写真が紹介されています。

かつては多くの日系人が暮らした日本人街がなくなってしまった事に、
カナダの方々から悲痛の声が寄せられていました。

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