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ジョニー・ジョンソン (アメリカ)
【1957 ~ 2009】



ジョニー・レイ・ジョンソンは、1957年8月2日、アメリカ・テキサス州オースティン (と言われている) で生まれた。


ジョンソン5歳の時、両親が犯罪を犯し、逮捕され刑務所に収監された。


1964年、ジョンソンは事故に遭い、オースティンにある緊急治療室に運ばれた。

この時、ジョンソンは脳にダメージを負ってしまう。


退院後、叔母がジョンソンを引き取るが、1969年、里子に出された。


ジョンソン17歳の時、里親の元を離れ、通りに住み始めた。

そして、タクシーの運転手や運送業の職に就いた。


1975年10月、ジョンソンはテキサス州ハリス郡で、車を盗んだ罪で逮捕される。

ジョンソンは年齢の事もあり、保護観察処分となっただけで釈放された。


1978年、ジョンソンは保護観察中にもかかわらず、警官に向かって空気銃を発砲し、逮捕される。

裁判でジョンソンには有罪判決が下された。


数年後、釈放されたジョンソンだったが、今度は8歳 (9歳とも) の少女を強姦し、逮捕された。


1983年、ジョンソンは強姦の罪で有罪判決が下され、懲役5年が言い渡された。


その後、釈放されたジョンソンは、テキサス州ヒューストンでタクシードライバーとして働き始める。


ある日、ジョンソンは仕事中に、道を歩いていた女性に20ドル (約5000円) で性交渉しようと話し掛ける。

女性はもちろん拒否するが、それに腹を立てたジョンソンは、女性を引っ張って無理やりタクシーに押し込み、顔を押しあて窒息させ、車の中で強姦した。


女性は警察に駆け込み、逮捕されたジョンソンは、1987年、強姦罪で有罪判決を受け、懲役5年が言い渡された。


1991年、釈放されたジョンソンは地元のオースティンに移住し、売春婦で薬物中毒の女性と知り合い結婚した。

しかし、結婚後、妻に暴力を振るい、逮捕されたジョンソンは6ヶ月間刑務所に拘留された。


1994年、オースティン近くの峡谷で、女性の死体が発見される。

女性は強姦されており、死因は窒息死であった。


女性殺害後、それほど経たないうちにジョンソンは警察署の向かいにある丘の上で少女を強姦し、すぐに別の少女も強姦した。

少女は頭を岩に打ったが命は助かった。


同年12月、ジョンソンは少女を言葉巧みに墓地へ誘い込み、3、4回強姦した。


1995年、ジョンソンは逃げるようにヒューストンに再度戻った。

ヒューストンに戻ったジョンソンは、パーティーで知り合った女性を次々と強姦した。


同年、ヒューストンの高速道路の橋梁の下で、全裸の女性の死体が発見される。

女性の頭部は岩などで殴られた痕があり、頭蓋骨は粉砕されていた。

だか、死因は首を絞められた事による絞殺であった。


同年3月27日、ジョンソンはオースティンで、リーア・ジョエット・スミス (41歳♀) にクラックコカインと引き換えに性行為を求め、スミスもこれに同意した。

しかし、スミスはクラックコカインを吸った後、ジョンソンとの約束を反古した。

これに怒ったジョンソンはスミスを無理やり強姦する。

すると、スミスは警察に行くとジョンソンを脅した為、ジョンソンはスミスの頭を踏みつけると、首をカミソリで切って殺害した。

その後、死体をドラッグストアの裏手に捨てた。


同年5月、ジョンソンは女性を背後から襲い、首を掴んで地面に叩き伏せ殴った。

そして、服を剥ぎ、ナイフを喉にあてて脅し、何度も強姦した。

しかし、その後、女性は何とか逃げる事が出来、すぐに警察に駆け込んだ。

警察は一連の連続強姦事件の犯人がジョンソンだとわかり、捜査の末、ジョンソンは逮捕された。

逮捕されたジョンソンは、スミスを含む3人の殺害と13人の強姦を自白した。

ジョンソンは殺害動機について、

「私の頭の中の何かが『殺せ、殺せ、殺せ』と言ってきた」

と語った。


1996年5月21日、裁判でジョンソンはスミスに対する性的暴行と殺人で有罪判決が下された。


同年5月30日、ジョンソンには死刑が言い渡された。

死刑を言い渡されたジョンソンは、キース・クレイという宣教師を通じ、敬虔なキリスト教徒となった。


2009年2月12日、致死量の注射による死刑が執行された。

享年51歳。

ジョンソンのスペシャル・ミール (最後の特別な食事) は、ステーキ、揚げエビ、卵、バターと蜂蜜、ピーナッツ、クリームと砂糖が入ったコーヒーであった。

また、ジョンソンは最後の言葉で、死刑の廃止を求めた。

余談だが、ジョンソンへの死刑執行は、2009年では13人目、テキサス州では8人目であった。

また、1976年に死刑が復活して以来、1149人目、テキサス州では431人目であった。



《殺人数》
3人
(他強姦13人)

《犯行期間》
1994年~1995年3月27日




∽ 総評 ∽

3人の女性を強姦し、殺害したジョンソン。

ジョンソンは他に最低でも13人の少女や女性を強姦しており、典型的な強姦魔であった。

ジョンソンは被害者の女性を執拗に何度も強姦しているが、これほどの異常性欲は普通ではあり得ない。

おそらくジョンソンがこれほどの異常な人格と性欲となったのは、子供の頃に事故で頭を打ったからだと思われる。

「殺せ」と頭の中で聞こえたという所からも脳の損傷による統合性失調症の可能性が高いと言える。

ジョンソンは両親が犯罪を犯し刑務所に収監され、自身も同じように犯罪を繰り返した。

まさにこの親にこの子あり、負の連鎖である。

これまで紹介してきた殺人鬼もそうだが、大抵は殺人を行う前に軽犯罪や強姦等を犯している。

ジョンソンも同様で、何度も強盗や強姦で逮捕されては釈放を繰り返していた。

毎度の事だが、最初の頃にしっかりと裁かれていればその後の被害者は出なかったと思うと、やりきれない気持ちになる。